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2008年03月28日

(論語とソロバン)渋沢栄一の理念と行動

(論語とソロバン)渋沢栄一の理念と行動

 渋沢栄一が、官僚を辞し、民間で実業を起こそうとした時に、上司である井上馨侯に語っときの話です。

(本文より引用)
井上馨は、

「時機さえ来れば、野に下って思うままにやるもよかろう。」

と言った。また同僚の親友の玉野世履(せり)は、

「君は、現に官界でもかなりの地位におる。将来きわめて有望なのに今辞職するのは惜しい。商人になるのは金儲けのためか知らぬが、世間から軽蔑を受けて一生役人にあごで使われるだろう。ほかに方法もあるではないか」

と忠告されたそうです。その時、渋沢栄一は、断固として答えた。

「金儲けのために役人を辞めるのではない。実業家が現在のように卑屈で世間の尊敬を受けないのは、一つは封建の残った弊害であろうが、一つは商人のやり方がよろしくないからである、欧米ではけっしてこうではない。不肖ながらこの悪習を改めるために骨を折りたい。宋の趙普(ちょうふ)は『論語』の半部で天子を輔(たす)け、半部で身を修めたと言っているが、私は『論語』の半部で身を修め、半部で実業を矯正したい。先を見ていてくれ」(中略)

と語ったそうです。後は、歴史が証明するように、渋沢栄一翁の活躍は言うまでもありません。100近い事業を起こし、日本の発展に死力を尽くした方と思います。

私は、縁あって、渋沢栄一翁の直筆の論語の書写(筆文字)を見たとき、その熱き思いを感じました。100年の時を越えた、文字に人生を感じる経験は、身体が震える思いを持ちました。

これも、師に導きのお蔭なのですが、出会いの不思議を感じます。

上記の文を紹介したのは、竹内均氏で、著書は「孔子、人間どこまで大きくなれるか」ですが、何度の読む中で、いかに志が大事か、行動が大事かと思います。

明治期、経済優先で、国内初となる郊外や、色々悲惨な事故もありました。でも、今のような自民の生活を省みない政治の在り様名無かったように思います。地方を省みない政府、国会に落胆しながらも、託す思いを持ち続けるしかない現実は、心重き気分です。

幕末の志士たちの一人、渋沢栄一氏の意志を現代の若者が受け継ぎ、21世紀の日本、世界をリードして欲しいと願います。

*参考資料:渋沢栄一著、竹内均訳「孔子、人間どこまで大きくなれるか」


・日本資本主義の父 渋沢栄一
http://mixi.jp/view_community.pl?id=119145

~関連、コミュ~

・孔子
http://mixi.jp/view_community.pl?id=10170
  

Posted by ノグチ(noguchi) at 23:21Comments(0)TrackBack(0)

2008年03月28日

自信を持つと自分が見える。独創とは自分の資質そのもの。

自信を持つと自分が見える。独創とは自分の資質そのもの。

 平等精神と言う言葉が広がって久しいですが、最近学校現場で平等の精神をはき違えた大人が時々見受けられます。

 教育を平等にを、成績もスポーツも平等(=全て同じ)を勘違いしているようなことがありました。そもそも教育の機会均等の意味を私なりに解釈すると、その子ども個性合わせた、教育を受けれることが平等であって、徒競走をお手手つないでゴールではないように思います。
 それでは、個性が打ち消され、個性に合わせた教育から、規制した教育現場になってしまいます。

 学びは、本来だったら年を取るごとに、経験積み、学問を深めて、物事の判断を自分でするようになります。そのことを、小林秀雄氏が、語っています。

(本文より)

「人間は自分の姿というものが漸次よく見えて来るにつれて、自己をあまり語らないようになってくる。これを一般に人間が成熟して来ると言うのである。

 人間は自己を視ることから決して始めやしない、自己を空想する処から始めるものだ。この法則は文学を志すような人にはつよく現れるのである。

 元来理屈から言って、自己の姿などというものはいつまで経っても見えるわけのものでもない。己を知るとは自分の精神生活に関して自信をもつとするという事と少しも異なった事ではない。

 自信が出来るから自分というものが見えてきたと感ずるのである。そしてこの自信を得るのにはどんなに傑(すぐ)れた人物でも相当の時間を要するのだ、成熟することを要する。」
(「文学の学生諸君」9-106)

仮に自信を、揺るがない心とか、自分の意見とか、表現させてもらうと、一般人のにも少し分かりややすくなると思うのですが、文学者の表現は難しいですね。

次に、創造することを、次の言葉で語っています。


(本文)

「独創は本来、珍奇なものでも、華やかなものでもない、心を傾けて自分の資質が表現できれば、いつも独創的表現になるのである。」
               (「文芸月評Ⅰ」3-142)

独創=個性と簡単ですが、独創的な作品となると更に難しくなると思います。人は、はじめは真似る文学(こと)から始め、経験や学びを積み、思いを膨らませて、人を引き寄せる本(言葉)が生まれるのと思います。

「成功とは、成功するまで諦めないこと」と語った人がいますが、こつこつ諦めず、自分のスタイル追い求める事が大事なことのように思います。



・小林秀雄 (批評家)
 http://mixi.jp/view_community.pl?id=2465984  

Posted by ノグチ(noguchi) at 07:46Comments(0)TrackBack(0)

2008年03月26日

苦しみは愛するものから、幸福感で静じかな心に。

苦しみは愛するものから、幸福感で静じかな心に。
~小林秀雄語録「人間の鍛錬」から~


「人間は、憎悪し拒絶するもののために苦しまない、本当の苦しみは愛するものからやってくる。」
          (「ランボオⅢ」15-126)

 嫌いだが、拒絶しているので心に残らない(残したくない)から、苦しまないと小林氏は語るが、一般人はそうそうきれいに、頭から離れる事が難しいともおもいます。

 しかし、本当の苦しみは愛するものからの示唆には、ドキッとする風景を想像する。テレビドラマの見すぎかもしれませんが、ドロドロした溺愛の果ての抗争などは、苦しみのるつぼにはまる思いかもしれません。



「幸福は、己れを主張ともしないし、他人を挑発しようともしない。
 言わば無言の智慧であろうが、そういうものも亦(また) 大思想でると考える事が、現代では、何と難しいことになったか。」
           (「光悦と宗達」15-193)

 後半は、理解氏しがたい部分ですが、前半の「主張もしないし、挑発もしない」の言葉は良いなと思います。心が本当に満たされた時は、無言になるように思います。そして、しばらくして微笑みとして、周りへあふれ出すのかもしれません。
 幸福感を、「足るを知る」という老子に思想と考えると、人間がなかなか到達できな境地であるので、大思想に値する境地なのかもしれません。

 日本が、物を求め、アメリカに追いつけ追い越せと生きて来た結果、心の行き場のない幸福感を満たせない気分が、ズーっと続いているように思います。

 そう考えると、幸福とは人間にとってとても大切な思想なのかも知れません。
  

Posted by ノグチ(noguchi) at 22:29Comments(0)TrackBack(0)

2008年03月26日

気になる人とは、理解出来ない人?

気になる人とは、理解出来ない人?

久々に、書き込みをします。日々、人と関わり、語り、行動を共してもなかなか理解出来ないところがあります。そのことを、小林秀雄氏も指摘していますので、ご紹介します。


「誤解されない人間など、毒にも薬にもならない。そういう人は、何か人間の条件に於いて、欠けているものがある人だ。」
              (「イデオロギイの問題」12-269)

 誤解される人とは、やはり気になる存在の人とも言えます。
 むしろ、関心ももたれない人の方が、何か欠けているのではないかと語ることは、批評家の視点かなと思います。


「人生は理解できる事柄と同様に理解出来ない事柄も必要とするだろう。率直に考えれば、それは殆ど自明の理である。

お化けが恐いのはお化けが理解出来ないかであり、自然が美しいのも自然が理解出来ないからであろう。

自然が日に新たにその不可解な全体を現す事は、風景画家が良く知っている。

友人が完全に理解できたら友情もあるまい。それも、理解しても理解しても出来ないところがある、という様な筋のものではあるまい。その様な事は友情に関するほんの一要素だ。或いは一要素にもならなかったりするものだ。

友は、日に新たに理解出来なくとも、少しも差支えのない全体として現れる。愛情は、そういう全体しか見やしない。」
             (「鏡花の死其他」12-213)

 一つひとつの事をつぶさに検証しても仕方がないことで、様はその人の生き方とどう付き(向き)合うかにあると思います。
 やはり、ともに過ごす時間の深さにあるのかもしれません。


*参考す資料:小林秀雄語録集「人生の鍛錬」より  

Posted by ノグチ(noguchi) at 10:22Comments(0)TrackBack(0)

2008年03月14日

5月12日、異業種交流会「木内塾」開催

5月12日、異業種交流会「木内塾」開催

*異業種交流会「木内塾」、宇土法人会主催講演会のお知らせ
 NPOフューチャー500の理事長・木内孝氏が熊本へ来訪されます。

1.5月12日夜、異業種交流会「四季の会」で、恒例になりました木内孝氏の講演+対談の会「木内塾」を開催します。毎年、招聘していますが、大きな影響を雄与えています。

2.5月14日宇土市で、宇土法人会主催の講演会を開催、
 講師に、木内孝氏です。3年前、グランメッセであった講演会で、200名の参加者が約2時間半の講演で、誰も帰らず聞いた講演は圧巻でした。

3.後の企画は、後日日記等々でご案内します。

http://www.future500japan.org/(フューチャー500、正式サイト)

http://mixi.jp/view_community.pl?id=2615890(木内孝コミュ)




・木内孝(フューチャー500)

<木内さんは言う。>
 日本の国民は環境問題に無関心な人が多いが、政府に任せていては期待出来ない。
 この春、英国国会の委員会に呼ばれ、日本政府と企業の気候変動問題への対応について、上院・下院の議員さん達と90分のセッションをやってきた。日本の政治家が海外で話して来たとおっしゃる事がいかに事実と異なるか、我が国のメディアがいかに本当の事を伝えてくれないか、いやというほど思い知らされた。私達は普段 見聞きするニュースに頼っていては、世界から取り残されてしまう。

1935年ドイツに生まれ。自然環境の修復・保全をライフワークとしている木内さんは、福沢諭吉の四女・タキさんと1970年迄ご一緒にお暮らしになった曾孫に当る。  

Posted by ノグチ(noguchi) at 01:11Comments(0)TrackBack(0)

2008年03月03日

君子に三楽あり

君子に三楽あり

土日は、小学1年~3年のサッカーの大会でした。
サッカー教室の子供たちも参加して、3年は一敗ニ分け、2年は二勝一敗、1年は、二勝一分けでした。すこしづつしか成長はありませんが、ちょっとづつ、ちょっとづつ上手になっているのがとても楽しみです。

孟子の言葉にも次世代の育成が説かれています。


「君子に三楽あり」

1.父母が共に健在で、兄弟そろって息災であること。
2.どこから見ても恥ずかしくない生き方をしているか。
3.すぐれた英才を見出して、その成長を助けてやる。

 同じように人生を楽しむにしても、楽しみ方は人それぞれにありますができれば、君子の楽しみ方を心がけたいものです。多くを望まず、三楽を実行に移せるように心がけたいと思います。
  

Posted by ノグチ(noguchi) at 22:43Comments(0)TrackBack(0)

2008年03月02日

異業種交流会「春の会」102名参加

異業種交流会「春の会」102名参加

 2月29日に開催した、異業種交流会「四季の会」の春季の集まりを開いたところ、予定をはるかに越える、102名の参加があり、講師の栗谷氏の゛改革論゛「維新民幕府 肥後九州国創り!」の持論を熱く語った。

 数名の建築の勉強会起こしたのは、11年前に春でした。それ以来、会はだんだん人数も増え、また様々な分野の人が参加するようになり、更に講師を呼び「セミナー+交流会(懇親会)」を開催する形が9年前の夏に始まり、今年で12年目になりました。

 今回は、九州を舞台に経営コンサルタントとして活躍されている、私の熊本での「まち(地域)興し」仲間である、栗谷利夫氏に講演を依頼して、2月10日くらいから友人、知人、さらにはインターネットのネットワークを使い、呼びかけをして来ました。
 だんだん、そのテーマが今回の知事選挙とも重なり、注目されるようなり、最後三日間に申込みが急に増えて、予定人数の倍の講演会になりした。その7割が、交流会に参加され、懇親会を終了しても参加者やなかなか対話を終わらず、ホテルの方の片付けでやっと全員がロビーへ移動したと言う盛況振りでした。

 講演は、「新改革論」と言うテーマで、行政の大改革「市長以外は、全部民営化」、その削減され費用を全て、歴史をテーマにして観光資源開発、地元発の起業を支援、さらに九州の産業・観光のネットワーク化で、東アジアに九州のくくりで売り出すと言う持論を熱く、熱く語られました。最後まで誰も帰らず、熱心に聞き入っていました。

 私達の交流会では、必ず全員を紹介するのですが、102名と言う人数は久々で、全員の名前と所属を紹介するのに15分を要しました。多様な分野から参加されました。
 紹介後、料理に準備中に、若い歌手の歌も飛び出し、出入り自由の「春の会」のスタイルが定着して来たかなと思います。
 
 講演内容に関しては、また後日詳しく報告します。昨日・今日は、キッズサッカーの県下最大の大会に、監督で行くのでこの辺で終わります。昨日は、小学校三年生の大会、今日は、小学一年生と二年生の大会です。強豪そろいで、なかなか勝てませんが、子どもたちの成長を見るのが楽しみで、12年続けて来ました。今日は、天気も良くサッカーを楽しんできます。
  

Posted by ノグチ(noguchi) at 09:33Comments(0)TrackBack(0)